[用語集]官爵叙任次第

  • 2020.09.11 Friday
  • 03:00

 まずは「五位の諸太夫」に叙任された人たち。一般の旗本にとっては、栄職といえました。

 

 『柳営秘鑑』によれば、「五位ニ被仰付面々」は次のとおり、

一 所謂万石以上城主之嫡子、無城ニ而も寺社奏者之嫡 若年寄之嫡 國持之次男或は三男

  御側衆 御留守居年寄 大御番頭 御書院番頭 御小姓組番頭 甲州詰小普請頭

  大目付 町奉行 御勘定奉行 御作事奉行 御普請奉行 小普請奉行 西丸御留守居

  京都町奉行 禁裏附 法皇御所附 仙洞附 伏見奉行近来万石以上 泉州堺政所 奈良奉行

  駿河御城代 久能奉行 勢州山田奉行 長崎奉行 日光奉行 御小姓衆無官も有之 大坂奉行

一 御三家竝松平加賀守家老五位被仰付、但御三家者六七人、内水戸は少し加賀守は四人、

  右衛門督殿(※1)附両人

 

 続いて「布衣の着用」を許された人たち。無位無官の旗本のうち、(六位相当とみなされた)

上級役職者にのみ、布衣の着用が許されました。

 

 同じく「布衣被仰付面々」は、

 小普請支配 御番頭 御書院番・御小姓組組頭 中奥御小姓 御小納戸 御旗奉行 御鑓奉行

 百人組頭 御持弓鉄炮頭 御先手 御鉄炮御用 御勘定吟味役 西丸裏御門番之頭

 二丸御留守居 定火消 御目付 御使番 御鷹匠頭 小十人頭 御徒頭 御船手

 一位様(※2)御用人 月光院様(※3)御用人 瑞春院様(※4)御用人 御廣敷御用人

 元方・払方御納戸頭 御腰物奉行 奥御祐筆組頭 浦賀奉行 佐渡奉行 二條御城番

 大坂御船手 駿河御城番 駿河町奉行 伊奈半左衛門(※5) 林百助(※6)

 竹姫君様(※7)御用人 養仙院様(※8)御用人 法心院殿(※9)御用人

 

 布衣以上の(布衣の着用を許された)役人を「重き御役人」ともいいました。また布衣以下の

(布衣の着用を許されていない)旗本のことは「平士」ともいいました

 

※1)徳川右衛門督(宗武)。八代将軍吉宗の次男で、田安徳川家の祖

※2)天英院。六代将軍家宣の正室

※3)六代将軍家宣の側室で、七代将軍家継の生母

※4)五代将軍綱吉の側室

※5)関東郡代伊奈忠逵

※6)林大学頭(信篤)の子

※7)浄岸院。八代将軍吉宗の養女

※8)五代将軍綱吉の養女

※9)六代将軍家宣の側室

 

[用語集]幕府の給与規則

  • 2018.06.17 Sunday
  • 04:27

■「蔵米取」:一俵三斗五升入で支給
■「地方取」:四ツ物成。即ち、一石につき、四斗の割合
■「足高」:すべて蔵米で支給。一石は三斗五升入一俵の割合
 例えば、役高千石の内、家禄が地方五百石ならば、不足分の五百石が足高となり、蔵米で三斗五升入五百俵が支給されます。地方五百石は四ツ物成ですから二百石、足高は三斗五升入で五百俵ですから百七十五石で、あわせて三百七十五石が収入となります。
■地方取の幕臣が蔵米取の「場所(役職)」に任じられた場合、家禄一石を一俵と見積り、不足分を蔵米で支給
■「給金取」が蔵米取の場所に任じられた場合、三両につき、十俵の割合で蔵米に直し、支給

 

 小普請役金の算定基準
■五百石以上は、百石につき、金二両。但し、地方五百石と蔵米五百俵は同様(以下、これに同じ)
■五百石以下は、百石につき、金一両二分
■「現米」は、三斗五升俵に直し、その俵数を基準高とし、算定(例えば、現米七十石は蔵米二百俵と同様)
■「扶持方」は一人扶持を五俵と見積り、算定

 


     諸役人被下高割合
一諸向え被下高、御足高共、御蔵米を以被下候分は、一俵三斗五升入を以被下候事
一地方ニ而被下候者は四ツ物成、即一石ニ付四斗之割を以知行被下候事
  但 地方取之者ニ而も、御足高は都而御蔵米ニ而、一石は三斗五升入一俵之割ニ而被下、譬は高千石内
    五百石持高知行
    五百石御足高御蔵米ニ而五百俵三斗五升入被下
一御蔵米ニ而被下候場所え地方取之者被 仰付候得は、持高一石は一俵と見積り、不足之分御蔵米ニ而被下候事
一御給金取之者、御蔵米取之場所え被 仰付候節は、三両ニ付十俵之割に直し被下候事

 

     小普請御役金之事
一五百石以上は百石に付金二両之割
  但 地方五百石之者御蔵米之五百俵同様、以下倣之
一五百石以下百石に付金一両二分之割
一現米は三斗五升俵に直、其俵数之高を以相納之
一御扶持方は一人扶持五俵積り
 右之通享保九辰年四月被 仰出之
  但 老衰小普請入ハは高に不拘、御役金御免之事

 

以上、「徳川礼典附録 巻ノ二十五」(松平慶永等編『徳川礼典録』、尾張徳川黎明会)より

 

[用語集]旗本・御家人の家格

  • 2018.03.09 Friday
  • 07:01

 旗本・御家人の身分や家格は時代による変遷もあり、非常に複雑で、曖昧な点も少なくありません。本記事では、八代将軍吉宗の頃に身分・家格体系が整備され、比較的多くの記録が残されている江戸中後期(主に天保年間とその前後の時代)の様子について、本ブログで比較的多用する(予定の)用語を中心に簡単な説明をしていきます。

 

【旗本】【永々目見以上】【御家人】【目見】
【高家】【寄合】【三番頭】【役寄合】【交代寄合】

【小普請】【両番筋】【両番】【大番筋】【小十人筋】【目付支配無役】【四役(五役)】

 

【布衣以上】【両番頭】【三奉行】【下三奉行】【布衣以下目見以上】【引下げ勤】
【譜代場】【譜代席】【ニ半場】【譜代准席】

【家督相続】【跡式相続】【嫡孫承祖】

【抱入場(抱場)】【抱入席(抱席)】【抱入】【入人】【番代】

 

【上下役】【役上下】【羽織袴】【役羽織】【白衣勤】

【御家人株の売買】

 

 

【旗本】家禄万石以下で、代々、家として将軍家への目見を許される家格を持つ家(※1)

【永々目見以上】代々、家として将軍家への目見を許されること。御家人から昇進して旗本役に就くと、本人一代限りは「旗本」として遇されますが、「永々目見以上」を申渡されなければ、子孫は御家人身分に留まります。

【御家人】「永々目見以上」の資格を持たない家格の家

【目見】めみえ。将軍家に拝謁すること。または、将軍家に拝謁することを許された身分
 

【高家】幕府の儀式典礼を掌り、勅使の接待や京都への使者を勤める役職でもあり、それを世襲する家格でもあります。初め、従五位下侍従に任じられ、その後四位に遷り、少将にまで昇ります。幼年または未熟の人は、無位無官で修練を積みます。これを表高家といいます。

【寄合】無役の旗本が所属する階級(組織)の一つ。または当主が無役の場合、寄合入りする家格の家。家禄三千石以上、または代々寄合筋の家がこれに属しました。「高の人」ともいわれます。小普請の家格であっても、留守居や三番頭の子息、布衣以上の役職経験者などが無役となった場合は寄合入りしました。無役とはいいながら、江戸城十二門の門番や駿府加番など、様々な臨時の役目を命じられることがありました。また、百石に付き年二両の寄合金(小普請役金)を上納しました。

【三番頭】大番頭、書院番頭、小姓組番頭のこと

【役寄合】小普請から布衣以上の役職へ昇進し、無役となって、寄合入りした人を「役寄合」と称しました。

【交代寄合】参勤交代を行う寄合。一般の寄合は若年寄の支配でしたが、交代寄合は老中の支配で、大名に準じる殊遇を受けました。
 

【小普請】無役の旗本・御家人が所属する階級(組織)の一つ。または当主が無役の場合、小普請入りする家格の家。最初は夫役(小普請役)を負担していましたが、後に役金(小普請役金。五百石以上は百石に付き年二両、五百石以下は百石に付き年一両二分。なお、地方五百石と蔵米五百俵は等価とされました)の上納に変わりました。

【両番筋】番入の際、両番に任じられる家筋。家禄三百俵以上、または当主や隠居(先代の当主)が布衣以上の役職を勤めた家がこれに属しました。歴代の町奉行のほとんどが両番筋の出身者でした。

【両番】小姓組、書院番のこと

【大番筋】番入の際、大番に任じられる家筋。家禄二百俵以上の家がこれに属しました。

【小十人筋】番入の際、小十人組に任じられる家筋。家禄二百俵以下の家がこれに属しました。御家人から昇格した家のほとんどがこれに属しました。

【目付支配無役】当主が無役の場合、目付支配無役となる家格の家。いわゆる「五役」の家がこれに属しました。

【四役(五役)】中間、小人、黒鍬之者、掃除之者(、駕籠之者)のこと。

 

 

【布衣以上】寄合に相応する場所(役職)で、五位(諸大夫)に叙任される役職(側衆、留守居、大番頭、両番頭、大目付、町奉行、勘定奉行、下三奉行、上級の遠国奉行など)と、布衣(ほい)の着用を許される役職(六位相当)があります。「重き御役人」ともいわれます。

【両番頭】書院番頭、小姓組番頭のこと

【三奉行】寺社奉行(大名役)、町奉行、勘定奉行のこと

【下三奉行】作事奉行、普請奉行、小普請奉行のこと

【布衣以下目見以上】目見以上の小普請に相応する場所(役職)。寄合より就職する場合は「引下げ勤」といわれます。

【引下げ勤】格下の役職に就職すること。家格相応の役職に就職できる可能性が低い場合、昇進の機会が多い、格下の役職に就職する場合がありました。

 

【譜代場】譜代席の御家人が就職する場所(役職)。「働き場」といわれ、昇進の機会が多いとされた支配勘定や徒目付など、場所によっては、旗本の「引下げ勤」もありました。

【譜代席】譜代場に代々就職する家筋。旗本同様、家督・跡式とも相続が許されていました。
【ニ半場】譜代場とも抱入場とも判断しがたい場所(役職)、またはニ半場に代々就職する家筋

【譜代准席】ニ半場に代々就職する家筋。譜代席に準じ、家督・跡式相続も許されていました。「ニ半場」ともいわれました。

 

【家督相続】嫡男が隠居した親の家督を相続すること

【跡式相続(跡目相続)】嫡男が死亡した親の跡式(跡目)を相続すること

【嫡孫承祖】嫡孫が祖父から直接家督を相続すること

 

【抱入場(抱場)】新規抱入により人員補充する場所(役職)

【抱入席(抱席)】隠居が許されず、家督・跡式とも相続が認められない家筋。但し、当主(父)の辞めた跡に身寄りの者(忰)が新規抱入となる運用(事実上の世襲)が行われていました。

【抱入】抱入場の明席(空席)に採用すること

【入人】いれびと。抱入場の明跡(空席)に小普請組その他から人員補充(採用)すること。江戸後期、辞めた前任者に身寄りが一切いない場合、無役の小普請救済策として、小普請組からの入人が奨励されるようになりました。

【番代】ばんがわり。抱入場で当主(父)の辞めた跡に身寄りの者(忰)が新規抱入となること

 

 また、御家人には、上下を着用する上下役・役上下、羽織袴を着用する羽織袴・役羽織、袴を着用しない白衣勤といった衣服による身分の区別もありました。

 

 

【上下役】【役上下】財税務、経理・調達、司法、建築・土木、渉外等の行政事務や、「羽織袴」以下の指揮・監督に従事する役人に多い。支配勘定、徒組頭、徒目付、黒鍬之者頭、諸組与力など

【羽織袴】【役羽織】警邏・警護・警備、探索・捕縛、現場監督、その他各種の補助的事務や雑務等に従事する役人に多い。評定所書役、徒、諸組同心、小人目付、中間、小人など

【白衣勤】びゃくえづとめ。様々な雑用に従事する役人に多い。黒鍬之者、掃除之者、駕籠之者など

 

 町方の組与力同心は抱入場で、与力は役上下、同心は役羽織でした。ただし同心は、外出時にはいわゆる着流しで、袴を着けませんでした。また、小普請組その他から入人となった譜代筋の与力同心もいました。


【御家人株の売買】

 抱入席は一代限りの御家人ですが、実際には当主(父)が辞めた跡に身寄りの者(忰)を新規抱入とする運用(事実上の世襲)がなされたため、明跡(空席)に抱入となる権利を「株」と称して売買することが流行しました。町方の組与力同心は大半が縁戚関係にあったといわれ、互いに養子を出し合っていため、株の売買はほとんど見られなかったといいます。一方、昇進が見込める場所(役職)への出役や転役の機会が多い徒や先手組与力同心の株は人気も高く、盛んに売買されたようです。幕府も計算・土木工事・渉外等に長けた有能な人材を補充するため、これを黙認していたものと見られています(※2)。譜代でも、多額の持参金を付けて養子縁組をする実質的な御家人身分の売買もありました。

 なお、旗本身分の売買は固く禁じられており、これが発覚すると死罪や遠島、家は断絶となる大罪であったため、いわゆる「旗本株」はなかったと考えられます(※3)

 

※1)旗本の定義については、江戸の頃から様々な論議があり、いろいろな考え方が示されてきました。本ブログでは三田村鳶魚翁の最後の弟子といわれた故小川恭一氏の定義(『江戸の旗本事典』、講談社)をもっとも妥当と考え、これに従っています。

※2)小川恭一、前掲書

※3)同前

 

(本記事は随時更新していきます)

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