データ集

  • 2020.05.11 Monday
  • 00:00

 本ページで公開しているデータは、

 

・データ作成者が個人的な目的や関心により、作成したものであり、内容の正確さを保証するものではありません。

・勘違いや誤読・誤入力等による誤りを少なからず含んでいる可能性があります。

・複数の、性質の異なる史料を元にデータ作成しているため、史料間の異同等による不整合を含んでいる場合があります。

 

(公開中)

天保十二丑年十月 北町奉行所住居向絵図面 2018.3.21更新

天保十三寅年二月 南町奉行所住居向絵図面 2018.3.21更新

※南北両町奉行所の平面図をより大きな画像で閲覧できるようにしました

 

 - 南北三廻り同心録(寛政三年〜天保十三年) v2017110301

 

金さんの部下たち 〜 天保十一年北町奉行所職員録 2017.5.14公開

 - 天保十一年北町奉行所職員名簿 v2020051101
 - 天保十一年北町奉行所業務分担表 v2017052301

 

(公開予定)

 - 嘉永四年南町奉行所職員名簿

 - 嘉永四年南町奉行所分課分掌

 

(2020年5月11日更新)

呉服橋門内の南町奉行所

  • 2019.09.10 Tuesday
  • 20:55

 呉服橋門内にあった町奉行所といえば、北町奉行所というのは時代劇ファンならば常識といいたいところですが、かつてはその場所にあった奉行所が南町奉行所とよばれていたこともありました。もう一つの町奉行所が銭瓶橋の北、すなわち常盤橋門内にあったからです。

 

■呉服橋門内の南町奉行所(元禄十一年、※1)

呉服橋門内の南町奉行所

 江戸町奉行の起源については諸説あります(※2)が、本稿では寛永八(1631)年に町奉行に任じられた加々爪民部少輔(忠澄)と堀式部少輔(直之)の二人を最初の町奉行とする説に従って、加々爪民部少輔から坪内能登守(定鑑)までの系統を加々爪系、堀式部少輔から佐久間幡五郎までの系統を堀系、元禄十五(1702)年に三人目の町奉行に任じられた丹羽遠江守(長守)から石川河内守(利政)までの系統を丹羽系と呼ぶことにしたいと思います。

 

■町奉行所の位置関係(※3)

町奉行所の位置
 さて、元禄十一(1698)年の武鑑を見ると、町奉行松前伊豆守(嘉廣。加々爪系)の番所(町奉行所)は呉服橋内、同じく川口摂津守(宗恒。堀系)のそれは常盤橋内と記されています。しかしこの年、呉服橋門内の奉行所が火事で消失すると、松前伊豆守は鍛冶橋門内に移転します。加々爪系の歴代町奉行は松前伊豆守が移転するまでは呉服橋門内を番所とし、南町奉行と呼ばれていました。

 

■鍛冶橋門内に移転後の松前伊豆守役宅(元禄十一年、※1)

鍛冶橋門内に移転後の南町奉行所

 

■町奉行所の位置と変遷

町奉行所の位置と変遷

 元禄十五年、三人目の町奉行に任じられた丹羽遠江守の番所は呉服橋大手通にあったことから、中町奉行所と呼ばれることになります。宝永四(1707)年四月、常盤橋門内にあった松野壱岐守(助義、堀系)の番所が数寄屋橋門内へ移転すると、南町奉行所と呼ばれるようになります。これにより、従来の南町奉行であった加々爪系の坪内能登守は中町奉行となり、享保四(1719)年に病免を許されると、そのまま後任は置かれず、十七年つづいた町奉行三人制(※4)も旧(二人制)へと復しました。

 

■正徳四年の北、中町奉行所の位置(※5)

正徳四年の北・中両町奉行所

 上図は、中町奉行から北町奉行と呼ばれるようになった中山出雲守( 砲汎酊奉行から中町奉行と呼ばれるようになった坪内能登守(◆砲量鯊

 

 その後、丹羽系の番所は北町奉行所と呼ばれるようになり、享保二年に常盤橋門内、文化三 (1806)年には呉服橋門内へと移り、数寄屋橋門内の南町奉行所とともに幕末まで続きました。

 

■呉服橋門内の北町奉行所(文化三年、※1)

呉服橋門内の北町奉行所

 

※1)『御府内往還其外沿革図書(一)』、国会図書館デジタルコレクションより

※2)村井益男「町奉行」、『国史大辞典』

※3)『御江戸大名小路絵図』、尾張屋版江戸切絵図、国会図書館デジタルコレクションより

※4)「中町奉行」という役職が存在したわけではありません。町奉行の三人置かれた時期(元禄十五年から享保四年までの十七年間)があり、役宅の相対的な位置関係からそういう呼称があったにすぎません。

※5)『江戸図正徳四年』、国会図書館デジタルコレクションより

 

(2019年9月11日加筆修正)

 

町奉行役宅

  • 2018.03.22 Thursday
  • 03:42

 町奉行など、特定の役目につく幕臣が住む官舎を役宅または役屋敷といいました。町奉行所もその一つで、番所(役所)としての機能と、役宅(住居)としての機能を兼ね備えていました。町奉行所は、南北ともにほぼ同じつくりとなっていますので、ここでは北町奉行所を例にとって見てみましょう。

 用部屋を中心に東には役向きの表玄関、北には勝手向きの内玄関がありました。東側は番所、西側は役宅と、大きく二つのエリアに分かれています。北面西側に突出している部分には、奉行の家来が住む長屋や、中間部屋などがありました。突出部分の東側の付け根には、奉行の家族や家来・使用人らが出入りする裏門もありました。

 

 用部屋とその南側の部屋から成る中央エリアには、奉行官房ともいうべき用部屋の他に、奉行の表居間、内寄合座敷、内座之間など、奉行所の重要な決定や、行事・会議のための部屋が集まっていました。

 表門から玄関に向かって右手にみえる北東エリアには、与力番所、同心番所、年番部屋などがあり、また表門の並びには若同心の詰所もありました。奉行所の事務全般を掌る、いわば心臓部ともいえるエリアでした。

 表玄関に向かって左手の南東エリアはひときわ広く、番所の役人だけではなく、裁判に関わる様々な人々が出入りしました。このエリアには、裁許所と白洲、内詮議所、詮議所、赦帳撰要方や例繰方の詰所、公事人溜りや腰掛、牢屋同心の詰所や仮牢など、公事吟味に関する機能が集中していました。

 

天保12年10月 北町奉行所建物等配置図 ※クリックすると別ウィンドウで詳細な平面図を開きます

 

 次に、西側にある役宅部分を見てみましょう。

 用部屋からみて北西のエリアには、勝手用人詰所、台所、女部屋など、奉行の家政に関わる家来や使用人たちが働いていました。また、奉行一家が住む西エリアとの間には、奥向きの玄関もありました。

 奉行とその家族が暮らす西エリアは、奉行一家のプライベート空間で、居間、茶之間、湯殿、納戸などがありました。

 

 より詳細な図面は下記のページでご覧いただくことができます。

 

・北町奉行所平面図はこちら

・南町奉行所平面図はこちら

 

天保十二丑年十月 北町奉行所住居向絵図面

  • 2017.12.18 Monday
  • 03:19

 こちらは北の御番所絵図面です。

 画像上方が北になります。表門は南北両町奉行所とも東向き(この画像では右側が東)

 北に張り出している建物群は奉行の家来が住む長屋で、北西角にある一番大きな部屋は中間部屋です。厩もあります。南町奉行所では、家来の長屋が北から西へとまわりこんでいるため、東西に長くなっています。役所や役宅(奉行の住居部分)は南北ともにほぼ同じような構造となっていました。また、鬼門となる北東角には、どちらにもお稲荷さんが祀られています。

 

 南町奉行所の平面図はこちら

 

天保12年10月 北町奉行所平面図 ※クリックすると別ウィンドウで大きな画像を開きます

北町奉行所絵図
東向きの表門が画像右下辺りにあります。遠山の金さんもここでお裁きをし、また併設されている役宅では家族と暮らしていました(旧幕府引継書『南北御番所住居向絵図面』、国立国会図書館デジタルコレクションより)

 

※上掲のデータは、筆者(瀬田琉次郎)が二枚の絵図面をデータ加工し、つなぎあわせたものです。素人が加工しているため、つなぎめに若干のズレがあります。

 

 

天保十三寅年二月 南町奉行所住居向絵図面

  • 2017.12.18 Monday
  • 03:14

 こんなものも、一日中ながめていても飽きることのないものの一つです。

 絵図面上を部屋から部屋へとゆっくり視線を這わせながら、いつしか町方の組与力同心になったような心持でいろいろと妄想を膨らませていきます。楽しくも幸せなひとときです。

 

 北町奉行所の平面図はこちら

 

天保13年2月 南町奉行所平面図 ※クリックすると別ウィンドウで大きな画像を開きます

南町奉行所絵図
画像上部に東向きの表門があります。また、北から西へとまわりこんでいるのは奉行の家来たちの長屋です。大岡越前守の設計になると伝わり、それも組与力同心たちの誇りであったようです(旧幕府引継書『南北御番所住居向絵図面』、国立国会図書館デジタルコレクションより)

 

※上掲のデータは、筆者(瀬田琉次郎)が四枚の絵図面をデータ加工し、つなぎあわせたものです。素人が加工しているため、つなぎめに若干のズレがあります。

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